日本語教師と聞くと、どんな場所を思い浮かべますか?
私は日本語教師になる前、「日本語教師=日本語学校で外国人留学生に日本語を教える仕事」というイメージを持っていました。
実際、私自身も最初は日本語学校で働き始めました。
当時の私は、「養成講座を修了して、日本語学校で非常勤講師として働く」、それが日本語教師としての仕事のほとんどだと思っていました。
でも、今振り返ると、日本語学校は私の日本語教師としてのスタート地点でした。
その後、コロナ禍で日本語学校の仕事を失ったことをきっかけに、私は日本語教育の世界を少しずつ広げていくことになりました。
行政の仕事、生活者向けの日本語教育、公立学校、地域日本語教室、ビジネス日本語……。
「日本語を教える」といっても、相手や場所が変われば、仕事内容も必要な力も、そして日本語教育そのものの見え方も大きく変わります。
この記事では、私がどのように日本語学校以外の日本語教育を知り、仕事の幅を広げていったのか、これまでの経験を振り返りながら紹介します。
最初は「日本語教師=日本語学校」だと思っていた
私が日本語教師として最初に働いたのは、日本語学校でした。
ゼロ初級・初級・中級の留学生を対象に、文法や会話、読解、作文、JLPT対策などを教えていました。
授業の準備をして、教案を作って、授業をして、学生の反応を見て、また教案を改善する。
最初はそれだけで精一杯でした。
でも、学生が少しずつ日本語を話せるようになっていく姿を見るのは楽しくて、
「日本語教師って、こんなに面白い仕事なんだ」と思っていました。
当時の私は、日本語教師としてもっと経験を積んでいけばいいと思っていました。
そして、いつかは非常勤から常勤へ。
そんなことも考えていました。
ところが、私の予定を大きく変えた出来事が起こります。
コロナで日本語教師の仕事がなくなった
日本語教師として働き始めてしばらくした頃、コロナ禍が始まりました。
日本語学校には海外から留学生が来ます。
ところが、コロナの影響で外国から日本に入国することが難しくなり、留学生が来なくなってしまいました。
当然、日本語学校の授業にも大きな影響が出ます。
そして私も、日本語教師の仕事を失うことになりました。
まさか、自分がこんな形で日本語教師の仕事を失うとは思っていませんでした。
当時は、「これからどうしよう・・・」という気持ちもありました。
でも、結果的にこの出来事が、私の日本語教師としての仕事を大きく広げるきっかけになりました。
「生活者の日本語教育」というものを知った
日本語学校の仕事がなくなったことをきっかけに、私は行政の生活者向け日本語教育に関わる仕事をするようになりました。
そこで初めて、私は「多文化共生」という考え方を強く意識するようになりました。
それまで私が教えていたのは、主に日本語を勉強するために日本へ来た留学生です。
でも、私が新しく出会った「生活者」と呼ばれる外国人の方たちは、日本で暮らすために日本語を必要としていました。
例えば、
- 市役所で手続きをする
- 病院に行く
- 学校からのお知らせを読む
- 仕事でコミュニケーションを取る
- 子どもの学校生活について話す
- 近所の人と話す
など、日本で生活するために日本語が必要になる場面はたくさんあります。
そこで私は、「日本語を教えるって、こういうことでもあるんだ」と気づきました。
「日本語を勉強する人」だけが学習者ではない
日本語学校で教えていた頃、私の中では、「日本語を勉強したい人=日本語学習者」というイメージが強かったと思います。
でも、生活者向けの日本語教育に関わるようになると、少し考え方が変わりました。
日本語を「勉強したい」から勉強するのではなく、「日本で生活するために、日本語が必要になる」、そんな人たちもたくさんいたんです。
そして、その人たちに必要なのは、必ずしも教科書に出てくる日本語だけではありません。
「病院で症状をどう伝える?」
「学校の先生に子どものことをどう相談する?」
「市役所で何を聞けばいい?」
「職場で困ったとき、どう伝える?」
こうした、日本で生活するための日本語です。
この経験は、私にとってとても大きなものでした。
そして「小中学校で日本語を教える」という仕事を知った
生活者向けの日本語教育について知る中で、私はさらに新しいことを知りました。
それが、小中学校で日本語を教える日本語教師という仕事です。
外国につながりのある子どもたちの中には、日本語を十分に理解できないまま、日本の学校生活を送っている子どもたちもいます。
大人の外国人だけではなく、子どもたちにも日本語教育が必要なんだ。
そう知ったとき、私はとても興味を持ちました。
それまでの私は、日本語教師といえば「日本語学校で大人の留学生に教える仕事」だと思っていました。
でも、日本語教育が必要なのは、留学生だけではありません。
日本で暮らす外国人。
外国につながりのある子ども。
地域で生活する人。
さまざまな人が日本語教育の対象になります。
「もっといろいろな日本語教育を見てみたい」
そんな気持ちが強くなっていきました。
小中学校で日本語を教えることになった
そして私は、小中学校で日本語を教える日本語教師の仕事に応募し、ありがたいことに、採用してもらうことができました。
実際に学校で子どもたちに日本語を教えてみると、日本語学校とはまったく違う難しさがありました。
日本語学校では、「日本語を学ぶこと」が学校生活の大きな目的の一つです。
でも、小中学校に通う子どもたちにとって、日本語は学校生活を送るための手段でもあります。
日本語を勉強するだけではありません。
教科の勉強をしたり、友達と遊んだり、先生の話を聞いたり、学校行事に参加したり。
「日本語ができるようになること」そのものがゴールではなく、日本語を使って学校生活を送れるようになることが大切になります。
この違いは、実際に学校で教えてみなければわからなかったと思います。
日本語教師の仕事は「日本語を教える」だけではなかった
小中学校での経験を通して、私の日本語教師という仕事に対する考え方はさらに変わりました。
「日本語を教える」というのは日本語教師の大切な仕事です。
でも、それだけではありません。
その人が日本で生活したり、学校に通ったり、仕事をしたり、人と関わったりするために、日本語がどう役立つのか。
そこまで考えることも、日本語教育なのだと思うようになりました。
例えば、学校で子どもに日本語を教えるときも、
「この文法を教えなければ」だけではなく、「この子が学校生活で困らないためには、どんな日本語が必要なんだろう?」と考えるようになりました。
日本語教育の見え方が、少し変わった瞬間だったと思います。
日本語学校にも再び戻ることになった
その後、コロナも少しずつ落ち着いていきました。
すると、以前働いていた日本語学校から声をかけていただき、私は再び非常勤講師として働くことになりました。
一度離れた日本語学校に戻ってみると、以前とは少し違った視点で授業を見ることができました。
以前は、日本語学校の授業が私にとって「日本語教育の世界」そのものだった。
でも、いろいろな現場を経験した後では、「日本語教育には、こんな場所もある」ということを知っています。
同じ「日本語を教える」という仕事でも、学習者が変われば、必要なことも変わります。
それを知れたことは、私にとって大きな財産になりました。
地域日本語教室や企業でも日本語教育を経験
その後も私は、日本語学校だけではなく、地域日本語教室や企業など、さまざまな場所で日本語教育に関わる機会がありました。
地域日本語教室では、学校で日本語を学ぶ学生とはまた違った人たちと出会います。
日本で生活するために日本語を学ぶ人。
仕事をしながら日本語を学ぶ人。
地域の人と交流したい人。
それぞれ、日本語を学ぶ理由が違います。
企業で教える経験もしました。
いろいろな現場を経験していくと、「日本語教師」という一つの言葉の中に、実はものすごくたくさんの仕事があることに気づきます。
「日本語教師=日本語学校」ではなかった
日本語教師になる前の私に、「日本語教師になったら、どこで働くと思う?」と聞いたら、きっと「日本語学校」と答えていたと思います。
でも、今なら違います。
日本語教師は、日本語学校だけで働く仕事ではありません。
例えば、
- 日本語学校
- 大学・専門学校
- 公立学校
- 地域日本語教室
- 自治体や行政に関わる仕事
- 外国人を雇用する企業
- オンラインでの日本語レッスン
- 日本語教育に関わる団体
など、さまざまな場所で日本語教育に関わることができます。
私が思っていた「日本語教師=日本語学校」というのは、ほんの一部でしかありませんでした。
もちろん、それぞれ仕事内容も必要な資格や経験も違います。
だからこそ、「日本語教師になったら、どこで働きたい?」を考えることは、とても大切だと思います。
私自身も、まだ「どこがゴール」なのかわからない
ここまで書いてきて、少し意外に思われるかもしれません。
私は今でも、「日本語教師として、この仕事が最終地点!」というものが決まっているわけではありません。
むしろ、いろいろな現場を経験したことで、やってみたいことが増えました。
公立学校で日本語を教えた経験から、私は「学校教員になりたい」という気持ちを持つようになりました。
そして現在は、社会人として仕事をしながら大学で学び、教員を目指しています。
これも、最初から考えていた道ではありません。
日本語学校で非常勤講師をしていた頃には、こんな未来になるとは思っていませんでした。
コロナで仕事を失ったことも、そのときは決して嬉しい出来事ではありませんでした。
「せっかく一生懸命、養成講座に通って日本語教師になれたのに」と絶望すら感じました。
でも、振り返ってみると、あの出来事がなければ、私は「生活者の日本語教育」や「学校での日本語教育」を知らなかったかもしれません。
そう考えると、人生って本当に何がきっかけになるかわからないなと思います。
日本語教師を目指すなら、最初から一つに決めなくてもいい
日本語教師を目指している方の中には、
「日本語学校で働くのがいいのかな?」
「大学で教えたい」
「子どもに日本語を教えたい」
「オンラインで教えたい」
など、すでに目標が決まっている方もいると思います。
もちろん、目標が決まっているなら、それに合わせて資格や経験を考えるのが一番です。
でも、私のように、「とりあえず日本語学校で働いてみたい」というところから始めてもいいと思います。
実際に働いてみると、
「もっとこういう人に教えてみたい」
「こんな日本語教育も面白そう」
という新しい興味が生まれることがあります。
私自身がまさにそうでした。
最初は日本語学校。
そこから生活者向けの日本語教育を知り、小中学校で教え、地域日本語教室や企業などにも関わるようになりました。
一つの経験が、次の仕事につながっていきました。
日本語教師の仕事は、思っているよりずっと広い
私が日本語教師として最初に知っていた世界は、「日本語学校」でした。
でも、コロナ禍で日本語学校の仕事を失ったことをきっかけに、私は日本語教育のさまざまな現場を知ることになりました。
行政の仕事を通して「生活者の日本語教育」を知り、小中学校で子どもたちに日本語を教え、地域日本語教室や企業でも日本語教育に関わりました。
そして、以前働いていた日本語学校にも非常勤講師として戻ることができました。
こうした経験を通して、今の私が感じているのは、「日本語教師=日本語学校の先生」ではないということです。
日本語を必要としている人がいるところには、日本語教育が必要になることがあります。
そして、そこで必要とされる日本語教師の役割も、場所によって変わります。
私自身、最初から「いろいろな場所で日本語を教えよう」と考えていたわけではありません。
一つの仕事を始めたら、そこから次の出会いがあり、その出会いからまた新しい仕事につながっていきました。
だから、これから日本語教師を目指す方には、最初から自分の将来を一つに決めすぎなくてもいいのではないかなと思います。
まず一つの場所で経験してみる。
そこで「もっとやってみたい」と思うことがあれば、少しずつ広げていく。
私自身も、まだその途中です。
そして、これからも新しい日本語教育の世界に出会っていけたらいいなと思っています。


